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小豆餅と銭取

2010年1月17日 やま | | コメントを見る(0)

小判ちゃんの語るむかし話し

きょうは徳川家康のおはなし、「小豆餅と銭取」です。

 

 

 

今は、むかし。

これもまた三方原合戦で、家康がまけたときのものがたりです。

時は元亀三年(1572)の十二月、徳川家康は三方原で、

甲斐の武田信玄と戦いました。

このとき、武田の兵は三万人、 家康の兵はわずか一万一千人といわれます。

武田ぜいに追われた家康は、 「なに、いくさはまけるが勝ちだ。」 と

浜松城さして逃げだしました。

ところが家康は、とちゅうでもうすっかりおなかがへってしまい、

あるく力もなくなりました。

 

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ふとかたわらを見ると、道ばたの小さい茶店で おばあさんが

あずきもちを売っています。 家康はもうたまらなくなって、

「おい、もちをくれ、いくらだ。」 というが早いか、もう口の中へ二つ三つ。

おばあさんはおどろいて、 「一つ、三文じゃ。」

家康はおかまいなく、また三つ四つ口にほうばりました。

 

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すると、そのとき、 「わあっ、わあっ。」 と武田ぜいの声です。

家康はあわててにげだしました。

おばあさんはびっくり、あとを追いかけて、 「まて、やい、ただぐいはゆるさん。」 と、

家康にくってかかると、「や、これはすまん。」 と大いそぎで銭をはらったといいます。

 

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このとき、あずきもちを食べたところが「小豆餅」、

銭を払ったところが「銭取」といまも地名として残っています。

 

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「おじいさんが語る昔ばなし 浜松の伝説」  より

 

小豆餅の地名は今も残っていますが、

銭取はバスの停留所の名前として残っているのみです。

「小豆餅」と「銭取」というお菓子もあります。

んのん芋 安納いも 安納芋 五郎島 ムラサキ芋 むらさき芋 紫芋 あんのう芋 蜜姫 みつ姫

 

小正月

2010年1月14日 やま | | コメントを見る(0)

一月十五日は小正月です。

元旦を中心とする「大正月」に対して、

 一月十五日を中心とる前後の期間を 「小正月」と呼ばれています。

小正月とは

小正月は旧暦のの正月にあたり、、 一年の最初の満月に当たる

一月十五日とされていました。 太陽暦が用いられるようになり、、

元旦を中心とする「大正月」 十五日を「小正月」と呼ぶようになったと言う事です。

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小正月は女正月

女正月とも言われ、地方によっては女性の骨休みの日 とされています。

暮れから正月にかけて忙しく働いた主婦を せめて一日でも家事から解放して

ねぎらう意味でこう呼ばれたとも。

 

農作物の豊作を願う行事

餅を繭の形に作った「まゆ玉」を神棚にお供えしたり、

竹柳の枝先を稲の穂たれにたとえて、門前や家の中に吊るす

というように農作物の豊作を願う行事が多いのが、 小正月の特徴のようです。

 

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他にも、健康を祈り、一年中病気をしないようにと 「小豆粥」を食べたり、

正月飾りや古いお札・書初めなどを燃やす 「どんど焼き」が行われます。

一年の初めはいろいろな行事が多いですね。

 

 

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